そろそろ反省しなさい 2nd

デブスアラサー女の暮らしを本人が書き綴るブログです。

絵本で読書感想文を書くススメ

何を突然とお思いになることでしょう。
私もそう思います。

 

と、いうのも今回はネタストックとして下書き記事に残しておいた内容を一つ引っ張り出してきています。


おそらくこのネタは年末前ごろに挙げたものでしょう。


そう、冬休みを思い浮かべてそこで与えられる宿題について思いを馳せていたんじゃないかしら。

皆さんは読書感想文ってどんな宿題でしたか?

 

私にとってはあらすじを示すだけに留まる宿題でした。

 

そんな私、一度だけ学校内の推薦をいただいて県のコンクールに出品されたことがあったのです。

中学2年生の冬休みか、3年生の夏休みの宿題だったかな。
その時の読書感想文は出しても出さなくてもいい宿題でした。
でもその時は何となく書いて出したかった。


小学校の高学年のころから夢中になって読んだ児童文学作品があって、そのころは本を読むことにあまり抵抗を感じてなかったような記憶があります。
それまでは本を読むこと自体が苦手で、文字列は頭に入ってこないし、読んだ場面は想像できない。集中できなかったんです。
だから、そこに対してどんな気持ちを抱いたかなんてところに到達できるはずもなく、というかそもそも本を読み切ることができず、
気づけばただあらすじを並べて、そうしたら既定の文字数が埋まってしまっていて。
そんな事を毎年つづけていた小学生時代でした。


本を読むことに夢中になっていた期間でさえそうでした。

 

じゃあ一体何が私には難しいんだろう。


そもそも、私の読書感想文は何であらすじだけで終わってしまうんだろう。
そんな思いを巡らせてはた、と思ったのが、感想文の文字数に対して本の内容が多すぎなんじゃ?
ということ。
いや、お前の脳みそのキャパどないやねん、て話だけど、そういう事だったのです。

場面ごとに考える事がある

だから思いを馳せる前に状況を説明したい

状況説明を時系列に並べて書く

あらすじの完成

原稿用紙終了

この流れ。

盛り込みたい情報がきっと多すぎた。

 

 

じゃあ少なくしたらよくないか?


そうして中学生のチハは国語の先生のところへ確認しに行ったのでした。
なんか、それは覚えてる。お伺いを立てに行った記憶がある。

「先生、今度の読書感想文、絵本で書いてもいいですか」

先生は意外と驚く感じもなくて、だからといってあからさまに呆れられたりもしなくて、

「ちゃんと読書感想文として成り立ってれば受け取ります」

そういうお返事をいただきました。

当時50代後半のおばちゃん先生。

 

中学生のずるがしこい、屁理屈っぽい相談を受け止めて、許可をもらうことができた私はなんだか真剣でした。

その時に題材として挙げた絵本は、レオ=レオニ作 谷川俊太郎訳『あいうえおのき』

文字をもって伝えることができる尊さや、言葉の持つ力の大きさをやさしいタッチの絵と、谷川俊太郎による訳の単調こそすれ考える幅を与えられるような文章。

レオ=レオニ作品は時代を超えて人々の心に小さな種を植えてくれる作品ばかりですが、この作品はSNSが盛んな今の時代にも必要なんじゃないかと思います。

今思えば、我ながら良いチョイスをしたのだろう、と。

 

子供だけではなくて、大人も楽しめる絵本の作品は昨今の絵本のトレンドではわかりやすく発信されるジャンルにもなっているかなぁ、なんて思ったりもするのです。

 

ただ子供の躾や所作を教えるためのものではなく、心の教育に一役買うのが大人にも響く絵本だと私は勝手に考えているのですが、レオ=レオニ作品はそういうラインにあるのではなかろうか。

 

国語の教科書よりも道徳の教科書にあるようなやつ。

……そういえば今って道徳って言わないんでしたっけ????道徳っていい言葉じゃない?

 

話を戻して、そんなレオニ作品の訳が谷川俊太郎で日本人はラッキーなんじゃないか、なんて思うわけです。私はラッキーだと思います。

当たり前のような事を受け取りてに想像力を働きかけて、考える余白を大きく広げてくれる不思議な魔法をかけることができる方だと、私は認識していました。

 

 


そんな作品を当時どうして選んだかといえば

 

実家にあったから。

目に留まったから。

強いメッセージ性が込められているのはわかるからきっとこれは書きやすい、と思ったから。

 

ご覧のとおり、邪な気持ちの方が圧倒的に強かった……。


でも、これは私にとって自分自身への挑戦でした。

 

今までロクに書いたことのない読書感想文を読書感想文として書く

 

そういう挑戦。


そうしたらなんと、休み明け、先生から呼び出し。
休み前にある意味、先生へ向けて宣戦布告をした私は、先生からアンサーを受けたそんな感じでした。

 

「少し手直ししたいところがあるけれど、そこを直したら私はあなたの文章をコンクールに出そうと考えています」

 

まじか。


と同時に書いている間からなぜか持っていた手応えが具現化された実感を得られて内心ガッツポーズをしていました。


出展後は入賞することなく終わりましたけど。


でも、一定のグループの中で一番をとれたという事実は変わらないと思うととても気持ちがよかったです。
そして、それは私が心に据えていた感想文を感想文として書くことができた証明にもなった事は間違いないと自負しています。


よかった、私ちゃんと文章書けた。考えることができた。


そういう達成感を得ることもできました。
中学生のころ、実は国語の成績はあんまり振るわなくて、自信がなかったのけれど、このタイミングでガラリと変わったのを覚えています。

数少ない、大きな成功経験の1つ。

 

今までの私の読書感想文は、


・自分にとって所感を伝えるには情報量が多すぎる本を選んでいた
・簡潔に伝える訓練が必要だった
・そもそも本を読むスピードが遅かった


これらがあらすじしか書かない感想文にしていました。

 

これを


・文章量の少なくて、本題をつかみやすい絵本にした
・情報を少なくして自分で考えるための余剰を作った
・絵本だからすぐに読めた


こう変える事で精神的にも余裕をもって取り組んだわけです。

 

そうしたら、なんということでしょう。何であんなにあらすじしか書けなかったんだろうってくらいあっさり感想文になったのでした。
まじで。

そして、長い年月を経て今考えると、読書感想文はやっぱり本を読了して、何が書いてあったか理解しないと書けない。
ただ読み流すだけでは書けない。
それに尽きる。

 

似たような経験ある学生児童の皆さんは実践してみていただきたい

 

真剣に取り組めばきっと先生は馬鹿にしないで真摯に受け止めてもらえる(はず)

 

 


昨今の感染症の流行で不安ばかりが募りがちな日々が続いているけれど、正直インドア派の私には特に変わりない毎日が繰り返されている感覚です。
ですが、都市部から離れているので仕事に直接的な影響はないものの、じわじわと振り回されているのは事実です。


そうとはいえそんな中でも私たちは生きることを辞めるわけにはいきません。


人間以外の脅威に振り回されてしまう今、人間同士でSNSを巧みに使い、言葉を使って争いとかしがらみってふもうだなぁ。そんなことを考えます。


ウソもホントもまぜこぜになって飛び交う“おせっかい”も、

正しい報道に併せて不安を増幅させる感情ベースの情報も、ただただ人を傷つけるだけだなあ。なんて思います。


政府の対応に納得いかない意見もよく見ます。

でもそれは今ではないのではないかなぁ、なんて思います。それを言うのは終わってからでいいんじゃないかな。

意見している人達はその対応に至るまでの経緯や本当の狙いを知る努力をした人たちの意見なのかしら?意見する人とその人の周囲で得た感覚による主観で話してないかしら?事実と感情は分けているのかしら?そう思うとマスコミによって編成された情報もSNSの情報もあまり信じられないなぁ。と。

だから私は自分ができそうな範囲で取り組んでいます。

誰から聞いても揺るがない内容だけ信じてます。

 (例:3密を避ける、手洗いうがい 等)


郷に入っては郷に従え。そして郷は今、自分の意志で変える事はできないから。

 

だから今私は、与えられている恵まれた状況には感謝して、厳しい現実に対しては今日生き抜くための方法だけを考えて、
私が私として生きるポリシーを捨てずに、
躓きそうな時はどうすれば精神衛生が保たれる方法を得ることができるかを第一に考えていきたいな、と思います。


この半年くらいで5キロも体重増やしてしまったので、ニンテンドーswitchとリングフィットアドベンチャーを買ってインドアフィットネスを始めようと思ったけど、
バチクソに高くなっててそれもままならない感じですが何とか筋トレ再開しようと思います。

 

とりあえず、


ステイホーム。


田舎のじいちゃんばあちゃん達ばっかりの集落にウィルス持ち込まないで。

 

GW前半はマスク量産マシーンと化し、徐々に筋トレ量を増やして食事の改善も緩く取り組んでいきたいですね。

青汁はどこに仕舞ったかな。すぐ取り出せるところに移し替えたい。

みんなおうちで少し手の込んだ事してるんでしょうか。

バターもホットケーキミックスも、強力粉もない。パン焼きたい私には結構衝撃の問題。…でもみんながおうち時間を楽しんでる証拠だからまあいっか!

 

お出かけ時のマスクと交際費が全部なくなったくらいの

ほとんどいつもと変わらない日常を過ごします。

 

それでは皆さまも体調にお気をつけて。

買い込み不必要な方は必要な方が安心してお買い物ができるように配慮もしましょうね。

3日に1度外に出る機会ができたと思って、予防のためにもお買い物は過剰にならない心がけ。(自分の心に言い聞かせ)