孤独が連れてきた心の闇と私のパートナーシップについて考える
「あなたはなぜその仕事を選んだの」
先日遊びに行った先で友人と入ったスピ系占いの館の占い師にしつこく聞かれた質問です。
「やりたいことだったから」
それでは答えが足りなかったようです。
きっともっと深い部分を聞きたかったんでしょう。
ただ、その時の私にはそんなことを考える心の余裕はなかった。
業務の圧、事業展開の圧、それを感じて必要以上に背負った責任感の圧。
それが私の視野を狭くしていたな、と思います。
正直今もよくわかっていません。
ただ、思い返すと私は自分の「生活」に理想の姿を重ねてこうなったらいい、と思いながらこの地へやってきました。
厳選したお気に入りが集まった空間で過ごす日々。
時間に追われすぎることなく、四季を感じながら穏やかに過ごす日々。
決して仕事が主体ではなかった。
私の理想の毎日の為の仕事である事。それを手に入れたかったはずなのに。
なぜ。
時間を得るためにお金と引き換えてモノが増えに増えてしまった殺伐とした部屋、
食事ではなく餌を得ようとして使った台所と洗っていない食器、捨て損ねたゴミ、敷きっぱなしの布団。
私が以前壊れかけた時と一緒でした。
大変な状況だったと思います。私自身も、私を取り巻く環境も。
その霊感占い師には
「わたし、ずっと言ってるから気づくかと思って言わないでいたんだけど」
「あなた、ずっと一人で、一人で、って言ってる。もっと人に頼らなきゃ」
「人に頼りなさい」
ずっと言われてきていました。
でも頼り方を教えてくれる人はいませんでした。
そうして、土壇場でも一人で何とかしながら乗り越えてきていました。
こわいな、と思うのは、きっとその一人で越えたと思っている土壇場はいろんな人の力があってこそ乗り越えたはずなのに一人でやれたと勘違いしている事。
きっと私が何も言わないから何も言わずに助けてくれてたんじゃないかと思うんです。
そう思うとどれだけ横柄な態度をとっていたのかと恐ろしくなります。
それでも、どうやって誰かに助けを求めたらいいかわからないのです。
どうぞ、とわかりやすくいただいたご厚意にありがとう、ということしかできない。
いつも辛いときに気付けるのは限界が来てからです。しかも自覚症状のない限界。
なんて未熟なんだろう。と思います。
ときどき、どうしてこんなに孤独を感じてしまうんだろう、と思います。
家族もいる。
友人もいる。
仕事仲間もみんな素敵な人たちばかり。
それなのにこんなに辛い思いをしてしまうのはなぜなんだろう。
こんな気持ちに何年も、ずっと、ずっとずっと悩まされています。
雇われる側から事業主側になり、この1年は特に強くそう感じます。
私は何がいけなかったのでしょう。
なぜこんなに孤独を感じなければいけないのでしょう。
自分で事業を立ち上げて経営をするのが夢でした。
伝統工芸に携わり、職人として仕事をするのが夢でした。
一人暮らしをして、自立した心に余裕のある生活をしたいと思い描いていました。
そんな暮らしが実際に始まってみたら心の中が空っぽで、
あまりのショックで半年以上休みを返上してしていた仕事の意義がわからなくなってしまいました。
私の辛さは、周囲の期待が呑み込んでいってしまって麻痺していました。
友人たちと久しぶりに集まって話ができる機会で私は何も話すことができなかったが辛かった。
大好きな人たちが私のいないところで幸せそうに過ごしているように見えてしまって惨めだった。
今の私はそんな姿をまっすぐ受け止めて「よかったね」と言えないのが信じられなくて情けなかった。
自分の機嫌は自分で取ること、と言い聞かせてもうそこそこの年月が経ったかと思いますが、それでも今回の大きな穴はどうやって埋めたらいいか私にもわかりません。
今までの方法じゃ埋められないのだと思います。
埋め方を探さないといけないでしょう。
スピ系占い師の「降りてきた」という言葉で濁しながら私の事をああだこうだ勝手に言われたのは正直むかついたし、結局それはアンタの主観だろ。と思ったりはしたけれど、
私の心の中身がアップデートしていく時期だと考えようと思います。
さて、こんなことをぐちゃぐちゃと考えるきっかけがあったわけですが、
それについて自分が思っていた以上に心を傷めていて、なんでこんなに傷めているのかも正直わかっていないのでした。
よくある話です。友人が結婚する。その報告を受けた。
何なのでしょう。
恋愛で味わう失恋の痛みでもなく、
家族との今生の別れの悲しみからの痛みでもなく。
正直もう結婚していない友人の方が少なくなっている年齢ですが、
こんなにも心を傷めるのは初めてで訳が分かりませんでした。
おそらく仕事での消耗が激しいゆえにダメージが特に大きかったのかもしれません。
ですが、やっぱり寂しい。
どんなに仲が良くても、家庭を持つとはそういうこと。守る砦ができるわけです。
そこに友人という枠は入れません。
優先順位は下がります。
わかってはいてもそれが私にとってはあまりにも寂しい。
子供ができればなおさらです。
なんでこんなに心が痛いのでしょう。
孤独の闇がここでも襲ってくるのでした。
わかるからこそなのでしょうか。
なってもいない未来を悲観するのはなんて無駄な時間か、とは思います。
でも変わってほしくない事が私の外でどんどん変わっていくのを見ているしかできないと思うと訳もなく苦しくなります。
私の中での優先順位は恋人も友達も同じステージの上にいて、例えばそれが「大好きな人」というくくりだとします。
リア友、オン友なんて言葉もありますが、便宜上使っていただけで私はどちらも大切な友人であり「大好きな人」です。
オフ会は、友人と遊ぶ日です。
人生初のオフ会はいわゆるオフ会感がありましたが、友達とカラオケ行くのと何ら変わらないし、もう10年以上前からの付き合いになってしまいましたが、今もやり取りが続いているのは喜ばしいことです。
今の今まで危ない目には運よく合うことなく過ごしてこれたから言えることでしょうが、出会った場所がインターネット上であろうと、大学のサークルで出会ったことと何ら変わりないと思っています。
だからこそ、人間同士のやり取りなのですれ違ったり、意見が合わなくて自然消滅したり、ぶつかったりすることはあると思います。
というかそんなことばかっかりでした。
だからこそ気の許せる人が近くにいてくれるというのはどれほど尊く、失いたくないものだと感じてしまいます。
おそらく私はまた世代を上げる頃までしばらく仕事詰めでしょう。
自分で選んだこととはいえ、こうやって何年もまだ孤独と一緒に過ごさねばならないのかと思うと今すぐ逃げ出したいです。
こんな思いもアップデートされるのでしょうか。
できる事なら早くアップデートされてほしいところですが、おそらく私の心は自動でアップデートされる機能が搭載されていないので、この苦しみの渦中で回され続けるのでしょう。
あまりにも器の小さくて情けない人間過ぎて自分の事が直視できていません。
今まで側にいてほしかった人は誰一人一緒にいてもらえませんでした。
本当に欲しかったものは何一つ手に入りませんでした。
それでも機嫌を取るために妥協を繰り返して、なにとなく納得させ続ける人生が今後も続くのでしょう。
この心の大穴はその人生を続けた先に本当の意味で空虚となり、味気ない幕引きをすることになるのだろうと思うとあまりにも自分に対して不義理じゃないかと思います。
さてさて、そんな私の心の闇がドドドと顕現してしまったここ1カ月でしたが、
きっかけになった友人を巻き込み思いを吐露させてもらえたことで解消しつつあります。
本当にありがとう。
というわけでじゃあ私はどうやったら心の穴が埋まるのか。
とかも考えてみたわけです。そしたら最後は結婚観についていきつきました。
今回の執筆で何度か出てきていた占いの館に入った日の帰り道、
私より10歳くらい若い友達とのお出かけだったのですが、人生の話してました。
人生というか恋愛観というか。
で、二人して女の子好きになったこともある、て話になったんです。
そんでまあ紆余曲折あって、最後その友達は「心を許せる人とすごせたらいい」と言っていました。
恋愛に積極的ではあったし、結婚は…みたいな話も館でしていたのでああ~年頃の子だなあ、かわいいなあ、なんて思っていたところだったので意外でした。
でも私もその希望は大賛成です。
今まで恋愛は二の次でやりたい事を優先してきた私としても、恋愛がしたいわけではないんです。
彼氏を作って、があったとしても性欲を満たす事が付随してこない。
別の事でも性欲は満たせます。
最近は子供が欲しい気持ちも薄れました。
こんなに仕事漬けで子育て始めたりなんてしたらどちらか、あるいは両方パァです。
だからと言ってお気に入りのモノに囲まれたり、好きな事をして時間を過ごしても埋まりませんでした。
であれば求めるのは人の心なのだと今は考えています。
上でさんざん書いてきた通りいろいろヘビーな頭を抱えておりますので、こういう思いを吐露できる人間が精神的な意味で隣にいてほしいんだと思いました。
以前の記事で、「看取りロボットにさすられて人生を終えるのはいやだ、大好きな旦那さんと茶ァすすりながら死にたい」
と述べ、その後上長のデリカシーのない一言に怒り狂いながら
「私は一人で稼いで生きる」
なんて豪語し、見事なダブルスタンダードを立ててしまっていました。
でも、今回の思考を巡らせる中、
信頼している先輩の一言にまた新たな知見を得た気がしています。
という選択肢。
私には遠い話題だとは思っていましたが、別に勝手に遠く思っていただけで実際は近くにある選択肢だったと思い知らされて目から鱗でした。
今の状況でどん詰まり感があるのであれば新しい拠点を作ればいい。
既存の制度が個々人の最適だとは限らない。
それはそうだな。と思いました。
女の子好きになったこともある、て話に戻りますが、
私の中で事実婚が受け入れられるならもう性別はなにも問題になってこないかもしれない。なんていうことを思ったのでした。
帰り道に友達が話していた、信頼している人と一緒にいられればいい、というのが本当にそれで、
信頼できるひと、尊敬している人と実際に結婚しようがしまいが心を許して生活テリトリーを共有することができたらとても素敵かもしれない。
なんて思って、これが今の私の結婚観?パートナーシップについての考え?だな、なんて妙に納得しています。
今まで、自分自身を守るためだけにつかれた嘘がなんとあさましいことかと何度もさめざめしたことも、
尊敬できるところや、信頼できそう!と思えるきっかけがないと相手に興味がわかないことも、
自分の人に対する視点はここにあったのかと、なんとなくではなくしっかり見えた感じがあります。
こんな風に自分と向き合って私の中にある自分を見つけられると楽しいです。
まだまだきっと心に空いた大きな穴はぽっかり空いていますが、
やさしい人達にいい子いい子してもらいながらなんとか頑張っていけそうです。
明日も機嫌よくやります。